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富山地方裁判所 平成7年(ワ)235号 判決

原告

津本虎雄

津本京子

右両名訴訟代理人弁護士

島崎良夫

被告

小杉町

右代表者町長

三上和夫

右訴訟代理人弁護士

山本賢治

右同

松居秀雄

"

理由

一1  請求原因1、2の事実については、当事者間に争いはない。

2  同3のうちの(一)の事実、3(三)のうち、中太閤山五丁目を中心とした降雨時の雨水対策として、平成五年六月から同年九月までは薬勝寺池の水位は通常より五〇センチメートルから六〇センチメートル下げられており、更に、本件事故当時は、工事のため同池の水位は通常より約八〇センチメートル下げられていたこと、その結果、児童らの本件排水施設への進入が容易になり、また、薬勝寺池の水面が本件排水路の先端部分辺りにしかかからなくなったため、本件排水路で誤って転倒した場合、直接池に落ちやすくなっていたこと、及び、同3(五)のうち、被告が安全施設として本件排水口の上部に注意看板を設置したことについては、当事者間に争いがない。

二  右の争いのない事実及び以下に掲記する証拠によれば、本件排水施設の状況等については、次のとおり認められる。

1  薬勝寺池公園は、住宅が建ち並ぶ中太閤山地区の中にあり、付近住民の憩いの場として親しまれており、付近の住民は、子供連れで遊びに来ることも多く、付近の小学生の遊び場ともなっている。そして、この公園内にある薬勝寺池では、魚釣りを楽しむ人も多い。なお、本件排水施設は、中太閤山七丁目入口付近にある。(〔証拠略〕)

2  本件排水施設は、排水路部分(本件排水路)が暗渠になっておらず、その横幅は、起点部(本件排水口部分)で一・八メートル、薬勝寺池の水際で約五メートルある扇形をしており、その長さは約一一メートルあり、また約一三度の傾斜になっているうえに、本件事故当時は苔が生えていて滑りやすい状況にあった。また、本件事故当時、本件排水口上部には「あぶない、水辺に近よるな、排水口内の立入禁止」と表示された注意看板及びフェンスが設置され、その南側部分の園路には擬木柵が設置され一本のロープが張られていたが、このロープは幼児、児童でも簡単に越えられる高さであった。そして、このロープを越え、土手づたいに薬勝寺池に降りて行くと、本件排水路に隣接する岸辺に出ることができる。また、本件事故当時、本件排水路の両側には、コンクリート製の側壁はあったもののフェンスは設置されておらず、その側壁は、児童が容易に乗り越え、本件排水路に降りられる程度のものであった。

平成五年六月から同年九月までは、同池の水位は通常より五〇センチメートルから六〇センチメートル下げられており、薬勝寺池の水面が本件排水路の先端部分辺りにしかかからなくなったため、本件排水路で誤って転倒等し滑り落ちた場合、本件排水路内で止まることなく直接薬勝寺池に落ちやすくなっていた。そして、本件事故当時は、工事のため、薬勝寺池の水位は通常より約八〇センチメートル下げられていた。そのため、本件事故当時は、本件排水路横のふれあい広場前の岸辺から池の水の中に入らずに、岸辺を通って本件排水路に行くことも、前記擬木柵を乗り越えて土手づたいに降りて池の水の中に入らずに、岸辺を通って本件排水路に行くことも可能であった。(〔証拠略〕)

本件事故当時、本件排水路付近の薬勝寺池の深さは、同池の他の部分より深く、約二・六メートルあった(争いのない事実)。

3  子供たちは、本件事故以前から冒険と称して本件排水口から暗渠部分の排水路に入って遊んでおり、さらに、本件排水路の傾斜部分を利用して滑って遊んでいた(甲三八、証人上島、原告虎雄本人)。

4  薬勝寺池公園の付近住民で組織する「中太閤山校下安全を守る会」は、昭和六三年、小杉町長に対し、本件排水口部分への鉄柵の設置、薬勝寺池への転落防止のためのフェンスの設置等の要望をし、その後平成三年、同四年にも防護柵の設置を要請していた。また、本件事故当時、訴外寛明が通学していた小杉町立中太閤山小学校では、薬勝寺池は危険な場所であること、ことに薬勝寺池に設けられた排水施設が危険な場所であると認識しており、生活指導担当の教師が、各担任を通じて児童に対し、排水施設は危険だから近寄らないようにと指導していた。(〔証拠略〕)

三  前記一の争いのない事実及び〔証拠略〕によれば、本件事故に至る経過については、次のとおり認められる。

本件事故当日午後三時ころ、訴外寛明及び友人四名は薬勝寺池へ遊びに出掛けたところ、別の友人とその父親が釣りをしており、当初本件排水施設より西方約一〇〇メートルの地点でその釣りを見たりしていたが、その後友人親子及び友人らとともに公園内の園路を通り本件排水口の上に設置されている注意看板の前を通り過ぎて、本件排水施設より東側の進入防止用のロープを張った擬木柵を越え、そこから土手づたいに下へ降りた。そこでもしばらく釣りをしていたが、友人親子は帰宅し、その後残った友人らと遊んでいた。そのうち、友人の一人が当初釣りをしていた西側地点で忘れ物をしていたことに気づきこれを取りに戻ろうとしたが、園路に戻ることなく、近道をするため本件排水路を五人で横断しようとしたところ、一人がその排水路部分で尻をつけながら滑るすべり台形式の遊びをはじめた。そこで、訴外寛明及び友人らも加わって本件排水路の斜面を五ないし六メートル登って滑り降りるという遊びを数回繰り返しているうち、訴外寛明は、滑り終えた地点から立ち上がろうとして身体のバランスを崩し、足を滑らせたため、薬勝寺池に転落した。そして、通報を受けた射水消防署の救急隊は、本件排水路付近の池の中を捜索し、本件排水路の水際の深みに沈んでいた訴外寛明を救助し病院に搬送したが、訴外寛明は呼吸不全のため死亡した。

四  本件排水施設の営造物としての瑕疵の有無について

1  営造物の瑕疵とは、その物がその種類に応じて通常備えているべき安全性を欠いていることを意味し、この瑕疵の有無は、当該営造物の構造、用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきであり、また、通常備えているべき安全性を有しているか否かは、通常予想される危険発生を防止するに足りると認められる程度の設備を備えているか否かをもって決するのが相当である。

2  これを本件について検討する。

前記二、三で判示した事実からすれば、本件排水施設は、住宅地域の中にあり、付近住民や児童の遊び場として親しまれている薬勝寺池公園の中にある薬勝寺池の岸辺に設置された設備であり、この池では、魚釣りをする人が多く、また、本件排水設備の設置位置、付近の土手の状況、本件排水路の擁壁の高さ及び本件事故当時の池の水位などの状況に照らせば、小学三年生程度の児童であれば、容易に本件排水施設に接近し、本件排水口、排水路に進入することができる状況にあり、しかも、本件排水施設は、その構造上(暗渠に続いていること、本件排水路は斜面であること)、特に男子児童の好奇心をかき立て、格好の遊び場になりうる可能性が高く、実際に本件排水口、排水路は、児童が入り込み、傾斜部分で滑ったり暗渠部分に入ったりして遊び場として使用されており、また、遅くとも昭和六三年以降、薬勝寺池に設置されている排水路の危険性及び児童などがこの池に転落する危険が指摘されてきており、小学校などでもこれを認識していたことが認められる。更に、本件事故当時、薬勝寺池の水位は通常より約八〇センチメートル下げられており、本件排水施設の両側の岸から本件排水施設への進入は容易であり、更に、本件排水路には苔が生えており、滑りやすい状況にあり、池への転落事故が生じる危険性は十分予測でき、しかも本件排水路先端付近の池の深さは二・六メートルあって、児童らが一旦転落すれば溺死する危険性は高いものであったと認められる。

被告は、本件のような溺死事故を予想できたはずであり、したがってこれを防止するために排水施設への進入防止に十分な措置をとるべきであり、特に児童が本件排水施設に進入する可能性を考慮すれば、本件排水路への横からの進入を物理的に阻止するに足るフェンスを設置するなどしなければ十分とはいえないというべきである。しかるに、被告は、本件排水施設が人の出入りの多い公園の一角にあったにもかかわらず、本件排水口上部に設置されていた注意看板及び擬木柵しか設置しておらず、これでは、本件排水施設への接近防止設備として不十分であることは明らかであるから、被告には、本件排水施設の管理に瑕疵があったといわざるを得ない。

よって、被告には、本件事故により訴外寛明及び原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

五  請求原因4(損害額)及び抗弁(過失相殺)について

1  逸失利益

訴外寛明は、本件事故当時八歳で小学校三年生の男子であったことに当事者間に争いがないので、一八歳から六七歳までの四九年間就労可能であると推認されるから、平成五年度賃金センサスによる産業計・企業規模計・全年齢男子労働者の平均年間給与額五四九万一六〇〇円を基に、生活費控除率五〇パーセントとして、ライプニッツ方式(係数一一・一五四)により計算すれば、訴外寛明の逸失利益の本件事故当時の現価は金三〇六二万六六五三円(一円未満切り捨て、以下同じ)となる。

2  相続

前記争いのない事実によれば、原告らは、右損害賠償債権を各二分の一の金一五三一万三三二六円相続した。

3  治療費

弁論の全趣旨によれば、訴外寛明が本件事故により富山医科薬科大学で治療をうけ、原告らは、その治療費として金二万四四七〇円を支出したことが認められ、その内、原告各自の負担は二分の一であると認めるのが相当であるから、原告らは各自金一万二二三五円の損害を被ったと認められる。

4  葬儀費用

訴外寛明が年少者であることを考慮すると、その葬儀費用としては金九〇万円が相当であり、原告ら各自につき金四五万円となる。

5  慰謝料

前記三で認定した本件事故の態様、訴外寛明の年齢その他諸般の事情を考慮すると、訴外寛明の死亡による原告らの慰謝料額は、原告ら各自につき金九〇〇万円と認めるのが相当である。

6  過失相殺

前記各事実関係及び証人上島の証言によれば、訴外寛明は、中太閤山小学校において薬勝寺池とそこに設置された排水施設の危険性について注意を受けており、また、その年齢からして、本件排水路から池に転落した場合の危険性を認識しうる能力を有していたものと認められる。それにもかかわらず、訴外寛明は、近道をするためだけの理由で本件排水施設に進入し、本件排水路を滑り降りる遊びをしていたものであって、本件事故はこのような訴外寛明の不注意な行動に起因するところも大きいといわざるを得ないし、また、原告虎雄本人尋問の結果によれば、原告らは、訴外寛明が薬勝寺池に遊びに行くこともあることを認識していたものと認められ、そうであれば、右池の危険な所を把握し、そこには行かないよう具体的かつ十分に注意すべきであったにもかかわらず、「危険な所へは行くな。」という程度の一般的、抽象的な注意しかしていなかったことが認められる。

したがって、本件の損害賠償額の算定にあたっては、これら原告側の過失をも斟酌すべきであり、その原告側の過失割合は七割と認めるのが相当である。

7  弁護士費用

本件事故の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求めうる弁護士費用は、原告各自につき金六〇万円と認めるのが相当である。

六  結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、各自金八〇三万二六六八円及びこれに対する本件訴状送達の翌日の日である平成七年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容することとし、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 堀内満 鳥居俊一)

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